ストレイト・ストーリー (ＴＨＥ ＳＴＲＡＩＧＨＴ ＳＴＯＲＹ)
(1999年 アメリカ)（上映時間１時間51分）
監督：デビッド・リンチ
出演：リチャード・ファーンズワース、シシー・スペイセク、ハリー・ディー
ン・スタントン
＜ストーリー＞
アメリカ・アイオワ州ローレンスに住む73歳のアルヴィン・ストレイトは、娘
のローズと２人暮らし。ある日、10年前から仲違いしている兄が病に倒れたと
いう連絡が入り、和解のために兄が住むウィスコンシン州マウント・ザイオン
まで出かけることにする。だが、彼は運転免許を持っていない。周囲の反対を
押し切って、時速８kmの小さなトラクターで５６０kmの旅に出かけるのだが……。
＜レビュー＞
「デビット・リンチがフツーの映画なんか撮って大丈夫なの？」
そんな心配をしているリンチ・ファンのみなさん、ご安心を。リンチはやっぱ
りリンチでした。
オープニングの満天の星空といい、麦畑の空撮映像といい、町の通りに犬たち
が飛び出すタイミングといい、完全なリンチ・ワールド。凝りに凝った独特の
アバンギャルドな映像美は、ここでも健在だ！ ＼(^o^)／
娘と２人暮らしのアルヴィンおじいさんが、ある日、転倒して足を痛めて病院
に行く。医者からは手術を勧められるが、これを拒否。その代わりそれまで１
本だった杖を2本使うことにする。そこに、10年近く仲違いしていた兄が倒れた
という知らせが入る。
導入部は、アルヴィンおじいさんが老いを自覚しながらも、それを拒否するか
のように振る舞う姿が印象的。もうあまり時間がない。でも、今ならまだ間に
合う……。そんな微妙な心の揺れが、やがて彼を無謀な旅へと向かわせる。
とても静かで、ごくフツーの始まり方だ。
でも、リンチ・ファンなら笑っちゃうかも。
主人公アルヴィンおじいさんの家の庭では、太ったオバさんが日光浴。これで
そばに耳が落ちてたら、カンペキに『ブルー・ベルベット』の世界だ。耳はど
こだ？ (＾0＾)
おまけに、周囲の人たちも、ちょっとニブい娘のローズ（かつてのオスカー女
優シシー・スペイセクがいい味出してます）をはじめなんだか裏がありそうな
人物ばっかり。ウーン、あとは女子高生の死体とオカルトおたくの捜査官が欲
しい！ そうすれば、そのまま『ツイン・ピークス』なのに……。(＾。^/)
いちばんおもしろかったのは、兄が倒れたという電話が入る場面。その時、お
じいさんと娘は窓の外の雷雨を見物している。２人はなんと雷大好き親子！
オイオイ、そんな親子いないだろフツー。でも、うっとりと雷を見つめる親子
の姿は、意外に美しかったりして……。
やがて、小さなトラクターで旅に出ることを決意するアルヴィン。颯爽と出発。
でも、途中でトラクターが故障して、あえなく逆戻り。仕方なく別の中古の
トラクターを買うことにする。
ここでまたリンチ作品の特徴が現われる。アルヴィンが出発の準備に雑貨屋で
買い物をしているシーンで、店主に向かって店にあった「つかみ棒」を売って
くれという。ストーリーに関係がないこういうアイテムにこだわるのも、いか
にもリンチらしい演出。その他にも、鳥の巣箱やソーセージといった"こだわり
"グッズが出てくるゾ。
ただし、ストーリーに関わるネタもきちんと用意されている。
アルヴィンが一度家に戻った時に、壊れたトラクターを銃で撃ち炎上させてし
まうシーン。最初はこれも「意味ないじゃ〜ん」と思ったけど、実はこのシー
ンは、彼が過去に起きた重大な出来事を告白する伏線になっている。このあた
りの小技はなかなかクール！
ちゃんとやることはやってるんです、リンチ監督。
さて、再度、旅立ったアルヴィン。目指すは５６０km先の兄の家。そこまでわ
ずか時速８kmのトラクターで、野宿しながら向かうのだ！
というわけで、ここから本格的なロードムービーになる。
旅の途中でいろいろな人に出会い、さまざまな事件が起きる……というお決ま
りのパターンだが、こういう物語がおもしろいかどうかは、旅の途中で出会う
人々によって左右される。相手が複雑な人生を背負っていて観客が興味を持て
る人物だったりすれば、これはもうどんどん物語に入っていけるハズ。その点
で、この映画はちょっと弱い。 (~ヘ~)ウーン
アルヴィンが最初に出会うのは、家族とうまく行かず、しかも妊娠したことを
打ち明けられない女の子。そんな彼女に、アルヴィンは自分の家族のことを話
し、家族の大切さを教える。２人の心のふれあいには素直に感動できる。
最後のほうで登場する老人も、アルヴィンのつらい過去を引き出す役割を演じ
ているから、それなりに意味のある役どころだ。
でも、それ意外の登場人物には、残念ながらこれといった背景がない。いかに
も何かありそうなカメラワークだから、「もしかしたらスゴイ秘密でもあるの
？」と思ってしまうけど、実際は、な〜んにもないまま消えたりする。
「このハズし方がたまらん！」というマニアもいるでしょうけど、僕はちょっ
とついていけませんでした。おかげで、後半はちょっと眠くなっちゃったゾ。
(-.-)Ｚｚｚ…
不満ついでにもう少し言えば、なんと６週間にわたってあのセコいトラクター
で旅を続けているのに、アルヴィンおじいさんの旅の困難さがイマイチよく伝
わってこない。
彼がなぜ旅を続けるのかも説得力不足。兄との仲違いの原因が「ありふれたこ
と」で片づけられているけれど、そのあたりをもう少し詳しく描いてくれたら、
もっともっと感情移入できたと思うのだが……。
「へぇー、じゃあ、つまんなかったんだ」
いえいえ、そんなことはありません。
人生の「忘れ物」を取りに、ただひたすら前進するアルヴィンおじいさんの姿
は、頑固だとかバカバカしいのを通り越して、気高ささえ感じさせる。それは、
本当にまっすぐな旅。「ストレイト」な旅だ。スクリーンの中を彼と一緒に
旅しているうちに、ストーリー上の不満もそんなに気にならなくなって、いつ
のまにかホノボノとした気持ちになれた。 (*^.^*)
そして、いつもなら混乱するばかりのリンチ・ワールドも、ここではちょうど
いいスパイス。
たとえば、アルヴィンの目の前で車が鹿をはねる。運転していた女の人は、「
本当は鹿が好きなのに、毎週たくさんの鹿をはねちゃう！」とヒステリックに
嘆くおかしな人。彼女が去ったあとで、アルヴィンおじいさん、その鹿をバー
ベキューにして食べちゃうんです。おまけに、その周囲にはなぜか大量の鹿の
オブジェが……。何じゃ、こりゃ！？
（鹿といえば『ツイン・ピークス』の保安官事務所、と気づいた人はもうリッ
パなリンチ・フリーク！）
こういうワケのわからんシーンが、「飽きてきたな」と感じそうになった頃に
ヒョコヒョコ顔を出す。だから、最後まで飽きずに観てしまう。まあ、こうい
うのは物語の本筋とは関係ないから反則って気もするけれど、なんたってリン
チですからねぇ。この際、許しちゃいましょ。 (＾０＾)
ちなみに、この映画は実話がベース。新聞に載った記事をもとに、リンチのパ
ートナーのメアリー・スウィーニーが映画化権を獲得して脚本を書いた。まさ
に麗しい「夫婦愛」の結果できた映画なんですネ。でも、こんな無謀なことを
する老人が実在していたなんて、スゴ過ぎるゾ。
役者陣では、なんといっても主演のリチャード・ファーンズワースが光る。で
しゃばり過ぎず、控えめ過ぎず、演技を超えたその絶妙な存在感が素晴らしい。
長い下積み生活の末に、79歳でつかんだアカデミー主演男優賞候補の座。最
初で最後なんだから、取らせてあげりゃよかったのにサ……。
さてさて、いくつか気になるところはあるけれど、全体的にはとってもいい雰
囲気の映画。爆発的に感情が動くことはないけれど、ジワジワとハートに染み
透るような静かな感動が味わえます。このホノボノ感がたまらない。リンチ・
ファンも、そうでない人も楽しめるという、何だかちょっとズルイ（？）映画
です。
《ぽちのおすすめ度》
★★★★
（レオ様の新作『ザ・ビーチ』も手がけたアンジェロ・バダラメンティの音楽
も聞き応えアリ）
U^ェ＾U ワン！ ＜ぽち＞