|
タクシー運転手 約束は海を越えて（A TAXI DRIVER）
（2017年 韓国）（上映時間2時間17分）
監督：チャン・フン
出演：ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨ
ル、パク・ヒョックォン、チェ・グィファ、オム・テグ、チョン・ヘジン、
コ・チャンソク
＊シネマート新宿ほかにて公開。全国順次公開
ホームページ http://klockworx-asia.com/taxi-driver/
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
＜ストーリー＞
1980年、韓国・ソウルのタクシー運転手キム・マンソプ（ソン・ガンホ）は、
妻に先立たれ、幼い娘と2人で暮らしていた。そんな中、光州では学生や市民に
よる激しい民主化デモが発生していた。ドイツ人記者のピーター（トーマス・
クレッチマン）は光州での極秘取材を敢行すべく、タクシーを手配する。マン
ソプは「通行禁止時間までに光州に行ったら大金を支払う」という言葉につら
れて、英語もろくに分からないまま光州を目指すのだが……。
＜レビュー＞
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
魅力的なエンタメ映画として描く韓国現代史の悲劇
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1980年5月、韓国・光州市を中心に学生や市民が民主化デモを繰り広げたのに対
して、軍は彼らを暴徒とみなして銃弾を浴びせるという弾圧事件が発生しまし
た。光州事件です。
その事件を世界に向けて発信したドイツ人記者と、彼を乗せて光州に向かった
タクシー運転手の実話をもとに作られた映画です。
韓国の歴史に残る暗黒の事件だけに重たい映画なのかと思いきや、滑り出しは
何ともノホホンとしています。ソウルの個人タクシーの運転手キム・マンソプ
が、運転をしながらお気楽に歌を歌っています。
マンソプは妻に先立たれ、幼い娘と2人で暮らしています。しかし、金銭的に苦
しくて家賃も滞納するほど。そんな中で、たまたま他のタクシー運転手が客と
の間で、「通行禁止時間までに光州に行ったら大金を支払う」という約束をし
ていることを知ったマンソプは、その運転手を出し抜いてちゃっかり客を奪い
ます。
そうやってマンソプが乗せることになった客が、ドイツ人記者のピーター。東
京にいた彼は、光州で何か大変なことが起きているという話を聞き、極秘取材
を敢行すべく韓国に来たのです。
こうしてピーターを乗せて出発するマンソプのタクシー。そこからは2人の珍道
中が展開。戒厳令下で当局が厳しい言論統制をしているだけに、マンソプは光
州の詳しい事情など何も知りません。しかも、彼の英語はほとんど片言。ピー
ターも韓国語がわからないから、まともなコミュニケーションが成立しません。
そのすれ違いが数々の笑いを生み出します。
やがてタクシーは光州に入り、通訳として大学生のジェシクも同乗。そして、
事態が深刻なことがマンソプにもわかってきます。
中盤になって、それまでのムードが一変。登場するのは、市民や学生たちの抗
議活動の現場です。熱気にあふれた彼らを軍は実力で押さえつけようとします。
その現場をカメラに収めるピーター。そして、マンソプやピーターたち自身も
あわやの場面に遭遇します。このあたりはサスペンスとして破格のスリルに彩
られています。陽気な滑り出しとはまったく違う映画のようです。
こうした過酷な経験を通して、マンソプとピーターは次第に理解し合います。
ある地元のタクシー運転手の自宅に招かれ、彼らは絆を深めます。何ともほほ
えましくて、心温まるシーンです。
ただし、娘のことが心配で危険な光州から早く立ち去りたいマンソプは、一度
ソウルへ戻ります。そこで、光州のことがまったく伝わっていない現実を見て、
マンソプは悩み始めます。はたして、このまま我関せずでいいのか、と。
マンソプを演じるのは、ご存知、名優ソン・ガンホ。前半の軽妙な演技とは一
転して、中盤以降はその演技はシリアスな色を帯びてきます。セリフ以外の表
情やしぐさで、マンソプの苦悩や決意を表現する演技が絶品。特に、冒頭の楽
しい歌と対照的に、悲しい歌を歌いながら涙するシーンが観客の心を突きさし
ます。
一方、ピーターを演じるのは『戦場のピアニスト』のトーマス・クレッチマン。
こちらも地味ですが、渋い演技を見せています。
再び光州に入ったマンソプを待っているのは、さらなる非道な出来事でした。
軍は民衆に向かって銃を向け、無差別に殺戮を始めます。その中でマンソプは、
あまりの悲惨な出来事にカメラを回すことをやめたピーターを、叱咤激励して
もう一度立ち上がらせます。さらに、殺戮の最前線に立ち他のタクシー運転手
らとともに、命がけで傷ついた市民を救おうとします。
ヒリヒリするような緊迫感に包まれた虐殺の場面。だが、ドラマの見せ場はま
だ続きます。光州からの脱出シーンでは、スリリングなカーアクションや銃撃
戦まで飛び出します。
笑い、スリル、涙、恐怖、感動などのさまざまな要素をバランスよく詰め込ん
で、見応えあるエンターティメントに仕上げた作品です。だからこそ、光州事
件という歴史的な悲劇が自然にスッと観客の中に入ってきます。韓国で記録的
なヒットをしたのも納得の映画です。
≪ぽちの満足度≫
★★★★☆
（92点）
（田中ひろあき）
〔鑑賞データ〕
2018年4月21日（土）シネマート新宿にて。午前11時35分の回
[「た」のページ]
|