|
凪待ち
（2019年 日本）（上映時間2時間4分）
監督：白石和彌
出演：香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フラン
キー、三浦誠己、寺十吾、佐久本宝、田中隆三、黒田大輔、鹿野浩明、奥野瑛
太、麿赤兒、不破万作、宮崎吐夢、沖原一生、江井エステファニー、ウダタカ
キ、野中隆光、岡本智礼、本木幸世
＊TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開
ホームページ http://nagimachi.com/
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
＜ストーリー＞
ギャンブル依存症で、無為な毎日を送る木野本郁男（香取慎吾）は、恋人の亜
弓（西田尚美）と彼女の娘・美波（恒松祐里）とともに、亜弓の故郷・石巻に
移り住み人生をやり直す決意をする。実家では末期がんに侵されながらも漁師
を続ける亜弓の父・勝美（吉澤健）がひとりで暮らし、近所に住む小野寺（リ
リー・フランキー）が何かと世話を焼いていた。ある日、亜弓と衝突した美波
が夜になっても戻らず、心配でパニックになった亜弓に罵られた郁男は、彼女
を車から降ろし、置き去りにしてしまう。その夜遅く、亜弓は遺体となって発
見される。責任を感じた郁男は、次第に自暴自棄になっていく……。
＜レビュー＞
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
弱い男の転落と微かな希望を全身で体現した香取慎吾
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
人間の弱さを描いたドラマです。冒頭、主人公の木野本郁男が自転車をこいで
向かった先は競輪場。彼はいわゆるギャンブル依存症です。彼にはシングルマ
ザーの亜弓という恋人がいて、彼女の娘の高校生の美波とともに暮らしていま
す。しかし、ギャンブルの費用を亜弓の財布から黙ってくすねるなど、けっし
て褒められた生活は送っていません。仕事もうまくいかないようです。
それでも、今の生活が良いと思っているわけではありません。郁男、亜弓、美
波の3人は、亜弓の故郷・石巻に移り住み、人生をやり直す決意をします。実家
では末期がんに侵されながらも漁師を続ける亜弓の父・勝美がひとりで暮らし、
近所に住む小野寺が何かと世話を焼いています。
郁男は小野寺の世話で印刷会社で働き新生活を始めます。しかし、ある日、亜
弓と衝突した美波が夜になっても戻らず、心配でパニックになった亜弓に罵ら
れた郁男は、彼女を車から降ろし、置き去りにしてしまいます。その夜遅く、
亜弓は何者かに殺害され遺体となって発見されます。「もしも自分が車から降
ろさなければ」という自責の念に駆られた郁男は、自暴自棄になっていきます。
この映画には殺人事件を巡るミステリーの要素があります。「亜弓を殺したの
はいったい誰なのか？」という謎を巡る話です。ただし、これに関して個人的
には、早いうちから犯人の目星はついてしまいました。それ以外にも、登場す
る刑事やヤクザがいかにもステレオタイプな描き方がされていたり、都合がよ
すぎる展開などもあって、違和感を持ってしまったのは事実です。
しかし、それでも最後までスクリーンに引き込まれてしまいました。なぜなら、
ここには"人間"がキッチリと描き込まれているからです。弱い人間である郁男
は、けっして悪人ではありません。亜弓の娘の美波に対する態度を見ていれば、
それがひと目でわかります。同時に彼は自身も言うように「ろくでなし」でも
あります。その狭間で揺れ動き、結局は転落への道をたどっていきます。
郁男の言動には何度も揺り戻しがあります。前に進むかに見えて、また元の道
に戻ってしまいます。亜弓の死以降は、無理解な周囲とも大きな軋轢が生まれ、
ますます彼の心を乱します。そして堰を切ったように暴発してすべてを台無し
にします。
その立ち居振る舞いはすべてがリアルです。『凶悪』『孤狼の血』などでおな
じみの白石和彌監督に加え、脚本の加藤正人も人間を描くことには定評があり
ます。それが見事に脚本、演出に発揮されています。
だが、何といっても特筆すべきは香取慎吾です。ぶっきらぼうで控えめなセリ
フはもちろん、わずかな表情や視線の変化、しぐさなどから、郁男の抱えた闇
や屈折した心理がダイレクトに伝わってくる演技でした。特に印象深いのが後
ろ姿。そこに郁男の過去と現在がそのまま凝縮されているような何とも言えな
い雰囲気をたたえています。
この映画では、郁男の周囲の人間たちも弱さやダメさを抱えています。そうし
た弱い人々に対する白石監督の視線には、温かさが感じられます。彼らを断罪
するようなことはしなません。むしろ彼らに対して、微かながら希望の灯をと
もします。
その灯は郁男にもともされます。自暴自棄になり、転落していく郁男に対して、
勝美は救いの手を差し伸べます。美波もまた郁男に温かく接します。美しい海
でのラストシーンが、明確な再生ではないものの、今後の郁男の人生に微かな
光を示します。彼にもようやく「凪」が訪れるのかもしれません。
心地よさや楽しさに満ちた映画ではありませんが、終始スクリーンから目が離
せませんでした。人間という存在の奥底に迫った力作です。
≪ぽちの満足度≫
★★★★☆
（90点）
（田中ひろあき）
〔鑑賞データ〕
2019年6月30日（日）池袋シネマ・ロサにて。午後2時40分の回
[「な」のページ]
|
|