嵐電

●『嵐電』
（2019年　日本）（上映時間1時間54分）
監督：鈴木卓爾
出演：井浦新、大西礼芳、安部聡子、金井浩人、窪瀬環、石田健太、福本純里、
水上竜士
＊テアトル新宿ほかにて公開
ホームページ　http://www.randen-movie.com/
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＜ストーリー＞
京都市街を走る路面電車・京福電鉄嵐山線（嵐電＝らんでん）。鎌倉からやっ
て来た作家の平岡衛星（井浦新）は、嵐電の線路のそばに部屋を借りて、嵐電
にまつわる不思議な話について取材を始める。衛星と彼の妻・斗麻子（安部聡
子）は、かつて一緒に京都を旅行したことがあった。一方、修学旅行で青森か
ら来た女子学生・北門南天（窪瀬環）は、電車を8ミリカメラで撮影する地元の
少年・子午線（石田健太）と出会い恋をする。さらに、太秦撮影所の近くにあ
るカフェで働く小倉嘉子（大西礼芳）は、撮影所に弁当を届けたことをきっか
けに、東京から来た俳優・吉田譜雨（金井浩人）に京都弁の指導をすることに
なるのだが……。

＜レビュー＞
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現実と非現実の境目が曖昧な電車にまつわる恋愛群像劇
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京都市の四条大宮、嵐山、北野白梅町を結ぶ路面電車・京福電鉄嵐山線（嵐電
＝らんでん）を舞台にした作品です。もちろん電車や駅、さらには嵐山などの
周辺のスポットの様々な表情が見られる映画ですが、けっして単純な電車映画
でも、観光映画でもありません。

3組の男女の恋愛模様を描きます。鎌倉からやって来た作家の平岡衛星は、嵐電
の線路のそばに部屋を借りて、嵐電にまつわる不思議な話について取材を始め
ます。彼と妻・斗麻子は、かつて一緒に京都を旅行したことがあります。しか
し、現在の夫婦関係には何やらギクシャクしたものがあるようです。

一方、電車を8ミリカメラで撮影する地元の少年・有村子午線は、修学旅行で青
森から来た女子学生・北門南天に好意を寄せられます。子午線がいくら邪険に
扱っても、南天はあきらめようとしません。

そして、太秦撮影所の近くにあるカフェで働く小倉嘉子は、撮影所に弁当を届
けたことをきっかけに、東京から来た俳優・吉田譜雨に京都弁の指導をします。
譜雨は嘉子を嵐山に誘うのですが……。

ありふれた日常を描きつつも、そこに留まらない自由なタッチが印象的な作品
です。現実と非現実、過去と現在の境界が曖昧な独特の世界が展開します。

例えば、平岡が鎌倉に残してきた斗麻子からの電話を受けていると、いきなり
斗麻子がその部屋に出現します。どうやら、かつて2人で京都旅行した時の回想
のようですが、現在と過去の間にまったく境界線はありません。

あるいは、嘉子と譜雨が電車で隣り合って座っていると、次の瞬間、譜雨が目
の前から消えてしまいます。終盤近くでは、嘉子の肉体から心が離脱してしま
うような場面まで登場します。そんなふうに全編に渡って、リアルとファンタ
ジーの境目が曖昧な作品です。

路面電車が舞台ということもあり、全体がノスタルジックで温かな空気感に包
まれています。その一方で、恋愛絡みでドキッとさせられたり、ハッとするほ
ど美しいシーン（駅頭でのラブシーンは絶品の美しさ）、そして悲しいシーン
などもあります。

ユーモラスなシーンもあります。譜雨が出演するのは破天荒なゾンビ映画だし、
そこにはなぜかウェイトレス役で嘉子が出演しています。また、嵐電の不思議
な話に絡んで登場する謎の電車には、キツネ女とタヌキ男が乗務。物の怪の妖
しさを漂わせると同時に、そこでなぜか夫婦漫才が繰り広げられ、思わず笑っ
てしまいます。

こうして詰め込まれた様々な要素。一見、雑多に並べられたようにも思えるの
ですが、そこから登場人物たちの心の機微がしっかりと伝わってきます。以前
とは変わってしまった妻との関係に戸惑う平岡。ほとんどストーカーにも近い
南天のアタックにどうしてよいかわからない子午線。

そして何よりも、嘉子の揺れ動く心が繊細に描かれます。彼女は家族に関して
何かを抱えているようです。そんな中、自分に自信がなくて他人との関係がう
まく築けない彼女の前に、突然、譜雨が現れます。彼の一挙手一投足に、嘉子
の心は千々に乱れ変化します。その思いがヒシヒシと伝わってきて、こちらの
心も一喜一憂させられます。嘉子を演じた大西礼芳（あやか）の繊細な感情表
現が光ります。

かつての嵐電の風景などの映像も織り込みつつ、ドラマは終幕へと向かいます。
そこに登場するのは、ある種の後日談。3組の男女の恋愛模様に新たな変化がみ
られます。よくよく考えれば、この後日談もまた、現実のものとも非現実のも
のとも、いかようにも解釈できるように思われます。

この映画は、鈴木卓爾監督が准教授を務める京都造形芸術大学映画学科のプロ
ジェクト"北白川派"により製作されたとのこと。だからこそ、これほど自由で
おおらかな映画ができたのかもしれません。

≪ぽちの満足度≫
★★★☆☆（＋1／2★）
（86点）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（田中ひろあき）

〔鑑賞データ〕
2019年5月31日（金）テアトル新宿にて。午前11時40分の回

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