息もできない(BREATHLESS)


(2008年 韓国)(上映時間2時間10分)
監督・製作・脚本・編集:ヤン・イクチュン
出演:ヤン・イクチュン、キム・コッピ、イ・ファン、チョン・マンシク、ユ
ン・スンフン、キム・ヒス、パク・チョンスン、チェ・ヨンミン、オ・ジヘ
*シネマライズにて公開。順次全国公開
ホームページ http://www.bitters.co.jp/ikimodekinai/
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

<ストーリー>
借金の取り立て屋をしているサンフン(ヤン・イクチュン)は、父への怒りと
憎しみを抱き、常に苛立ち暴力的に振る舞っていた。ある日、彼は道端で唾を
吐き、通りかかった女子高生ヨニ(キム・コッピ)のネクタイを汚してしまう。
ヨニはサンフンに怒り、サンフンは彼女を殴り倒す。最悪な出会いを果たした
2人だったが、なぜか奇妙な交流が始まる。ヨニもまた父親との間に確執を抱
えていたのだ。ヨニと交流を続けるうちに少しずつ変化していくサンフン。そ
んな中、ヨニの弟が偶然サンフンの手下になる……。

<レビュー>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ヤクザと女子高生の交流を通して伝わる監督の熱い思い
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

低予算のインディーズ作品ながら、東京フィルメックスで最優秀作品賞(グラ
ンプリ)、観客賞を獲得するなど、世界各地の映画祭で話題を集めた韓国映画。

主人公は借金の取り立て屋のサンフン。いつも何かに苛立ち、汚い言葉を吐き、
暴力を振るい続けます。誰彼見境なく仲間も平気で殴る粗暴な男です。

そんな彼が、ある時、道端で女子高生のヨニとすれ違います。無礼なサンフン
に対して臆することなく平気で突っかかっていくヨニ。それに対して彼女を殴
り倒すサンフン。まさに最悪の出会い。しかし、その瞬間、2人はお互いに同
類であることを察知するのでした。

サンフンの怒りの源泉は、母と妹を死に追いやった父の存在です。刑務所から
出所して来た父を激しく憎みます。一方、ヨニは不良の弟とベトナム戦争の後
遺症で精神を病んだ父を抱え、どうにもならない日常に苛立っています。

一見、対極に見えて、実は同じように苛立ちと孤独を抱えて生きる2つの魂が、
ふれあいます。悪態をつきながら交流するその光景は、かなり奇妙ではあるも
のの、2人にとっては数少ない心安らぐ時間でもあります。

そんなサンフンとヨニの苛立ちと、そのもとになっている悲惨な生活、2人の
交流をヤン・イクチュン監督はリアルに描写していきます。アップを多用して
人物の行動や表情をそのまま映し出し、彼らの心の中を観客に突きつけます。
強烈な感情だけでなく、微妙な心理のゆらめきもとらえます。あまりのリアル
さに、居たたまれない気持ちになる場面さえありました。

その一方で、サンフンの度を越した粗暴さが、笑いを生み出すような場面もと
ころどころにあります。サンフンの甥とその母親に対する不器用な思いやりな
ども描かれます。

ヨニとふれあううちに、サンフンは少しずつ変わっていきます。そんな時に、
サンフンの父親とヨニの父親が衝撃的な行動に出ます。それによって極限の状
態に追い込まれた2人が、漢江で会って涙を流すシーンが印象的。切なくて、
哀しくて、美しいシーンです。心が震えます。

その後、サンフンは自分を変えようとしますが、そこで悲劇が起こります。こ
の展開を含めて、あまりも陳腐なストーリー展開やキャラクター設定が目立つ
映画です。ところが、それを超える圧倒的なパワーが満ちあふれています。サ
ンフンとヨニの苛立ちと孤独が、スクリーンに緊迫感をみなぎらせ、観客の心
を直撃してくるのです。

ラストシーンはまたしても心をざわつかせる場面。弟を見つめるヨニの視線が
たまりません……。

サンフンを演じたのは元々役者であるヤン・イクチュン監督自身。自ら演じる
ことで、サンフンの心がよりリアルに伝わってきます。そして、女子高生ヨニ
役のキム・コッピが素晴らしい演技を披露。素顔はかわいい女の子なのに、そ
の内面に複雑な感情を抱え、それでも強気を押し通す難度の高い演技でした。

映画にとって何より大切なのは、作り手の「何かを伝えたい!」という熱い思
いであることを再認識させられる映画です。

《ぽちの満足度》
★★★★☆

《ぽちのオススメ度》
★★★☆☆(+1/2★)
(ヤン・イクチュン監督の思いが伝わってくる壮絶で、哀しくて、切ない映画。
好みは分かれそうですが、圧倒的なパワーは目撃する価値あり!)
                             (田中ひろあき(ぽち))

〔鑑賞データ〕
2010年3月20日(土)シネマライズにて。午後4時15分の回


[「い」のページ]