|
エリザのために（BACALAUREAT）
（2016年 ルーマニア・フランス・ベルギー）（上映時間2時間8分）
監督・脚本・製作：クリスティアン・ムンジウ
出演：アドリアン・ティティエニ、マリア・ドラグシ、ブラド・イバノフ、リ
ア・ブグナル、マリナ・マノビッチ、バレリウ・アンドリウツァ
＊新宿シネマカリテほかにて公開。全国順次公開
ホームページ http://www.finefilms.co.jp/eliza/
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
＜ストーリー＞
医師のロメオ（アドリアン・ティティエニ）はある朝、英国留学を控える娘の
エリザ（マリア・ドラグシ）を学校まで車で送る。だが、学校の少し手前で降
りたエリザは暴漢に襲われてしまう。幸い腕を負傷しただけで大事には至らな
かったものの、ショックで激しく動揺するエリザ。留学するには卒業試験で一
定の成績を取らねばならないが、今の精神状態ではそれもおぼつかない。ロメ
オはあらゆるコネを総動員して、娘を合格させてもらえるよう働きかけるのだ
が……。
＜レビュー＞
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ルーマニア社会の現状を背景にした家族のリアルな姿
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
クリスティアン・ムンジウ監督が、2016年の第69回カンヌ国際映画祭で監督賞
を受賞した作品。ルーマニアの家族の物語です。
冒頭は、ある家の窓ガラスが投石によって割れるシーン。この家に住む一家が、
このドラマの主人公です。父のロメオは医師、母のマグダは図書館員、娘のエ
リザはイギリス留学を間近に控えています。
ある朝、ロメオはエリザを車で学校に送ります。しかし、ロメオが急いでいる
らしいことを知ったエリザは、途中で車を降りて徒歩で学校に向かいます。し
かし、その後彼女はすぐに暴漢に襲われてしまいます。
その知らせをロメオが受けたのは、なんと愛人宅。そうです。実は彼と妻のマ
グダの夫婦関係は破たん状態。マグダは夫の愛人の存在を知っていますが、エ
リザはそれを知りません。
エリザの留学を実現するには、試験である程度の成績を取らなければいけませ
ん。しかし、エリザは腕を負傷しただけで大事には至らなかったものの、激し
いショックを受けていてまともに試験を受けられるかどうかわかりません。自
責の念もあって、ロメオは警察署長や副市長など、あらゆるコネを使って娘が
無事に試験を通過できるように働きかけます。
ロメオは考えようによっては身勝手な人間にも思えますが、その一方で医師と
しては患者からのお礼を一切受け取らず、常に倫理的に振る舞います。そして
何よりも娘のエリザのことを強く気にかけています。
ただし、その方向性が問題です。どうやらイギリス留学の話はエリザが希望し
たものではなく、ロメオが強く勧めたもののようです。彼はルーマニアが民主
化された1991年に妻とともに帰国しました。しかし、ルーマニアの現状は彼の
期待とは大きく違ってしまいました。そのため、何が何でも娘を外国に送り出
そうとしているのです。
ムンジウ監督は手持ちカメラを使って、ドキュメンタリータッチの映像でドラ
マを描きます。それによって、登場人物の心理がリアルに伝わってきます。ロ
メオが抱えた不倫の後ろめたさや、娘のためとはいえあれほど嫌っていた不正
に手を染める苦悩と葛藤。あるいは、恐ろしい事件に遭い苦しみながらも、そ
れを乗り越えようとするエリザの心の揺れ動き。それらがヒシヒシと伝わって
きます。
同時に何やら謎めいた雰囲気も漂ってきます。エリザを襲った犯人は誰なのか。
ロメオの自宅や車への投石は誰の仕業なのか。そんな出来事を背景に不穏な緊
張感がスクリーンを包みます。
後半、エリザはロメオに反発し、ロメオは自らの不正が暴かれそうになるなど、
ドラマは急展開を迎えます。自分が尾行されていると信じ込み、突然バスを降
りて夜の住宅街をさまようロメオの姿が、何ともやるせなく感じられます。
わかりやすい結末や明確なハッピーエンドは用意されていません。しかし、ラ
ストの卒業式シーンでのエリザの笑顔は、彼女の成長と自立を予感させます。
汚職や不正がはびこるルーマニアの社会問題を背景にしつつ、親子や夫婦の関
係、正義やモラルなど様々な問いが観客に突き付けられる映画です。
≪ぽちの満足度≫
★★★★☆
（90点）
（田中ひろあき）
〔鑑賞データ〕
2017年2月5日（日）ヒューマントラストシネマ有楽町にて。午前11時50分の回
[「え」のページ]
|
|