ヒトラーへの285枚の葉書(ALONE IN BERLIN)


(2016年 ドイツ・フランス・イギリス)(上映時間1時間43分)
監督:ヴァンサン・ペレーズ
出演:エマ・トンプソン、ブレンダン・グリーソン、ダニエル・ブリュール、
ミカエル・パーシュブラント、モニーク・ショーメット、ヨアヒム・ビスマイ
ヤー、カトリン・ポリット、ラース・ルドルフ、ウーヴェ・プロイス
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開。全国順次公開
ホームページ http://hitler-hagaki-movie.com/
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

<ストーリー>
1940年6月、戦勝ムードに沸くベルリン。労働者階級の夫婦オットー(ブレンダ
ン・グリーソン)とアンナ(エマ・トンプソン)のもとに、出征したひとり息
子ハンスが戦死したという報せが届く。悲しみに暮れる夫婦だったが、ある日、
オットーはヒトラーに対する批判を葉書に綴り、アンナとともにその葉書を公
共の場所に置いて立ち去るようになる。だが、やがてゲシュタポのエッシャリ
ヒ警部(ダニエル・ブリュール)が捜査に乗り出す。それでも危険な行為を続
けるオットーとアンナだったが……。

<レビュー>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ナチス批判の葉書を置き続ける夫妻をスリリングに
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

今でもたくさん作られているナチスをテーマにした映画。「もうネタ切れで
は?」と思うかもしれませんが、いえいえ、そんなことはありません。この映
画もなかなかユニークで、見応えがあります。

1947年に出版されたドイツ人作家ハンス・ファラダの小説『ベルリンに一人死
す』を俳優としても活躍するヴァンサン・ペレーズ監督が映画化しました。と
はいえ、まったくのフィクションではありません。その小説は、ナチス時代の
ベルリンで実際に起きた事件の記録をもとに書かれたものだからです。

映画の冒頭では、1人の兵士が森の中で射殺されてしまいます。何ともあっけな
い死です。

続いて、舞台は戦勝気分に湧き立つナチス政権下のベルリンに移ります。工場
の職工長のオットーと妻のアンナのもとに1通の手紙が届きます。それは出征し
たひとり息子のハンスの戦士を知らせる手紙でした。そう、冒頭であっさり殺
されたあの兵士です。

夫婦は悲嘆にくれます。特にアンナの落胆ぶりは痛々しいほどです。それに対
して、オットーはアンナほど感情を表に出しません。しかし、実は彼の心の中
は、悲しみと怒りが渦巻いていました。

その思いをぶつけるように、彼は葉書にヒトラーへの批判を綴ります。「息子
はヒトラーに殺された」と。そして、その葉書を公共の場所にそっと置いてこ
ようとします。オットーはそれを一人で実行するつもりでしたが、アンナも協
力を申し出ます。こうして夫婦は危険な行為を続けていくのでした。

というわけで、単に葉書を書いて置いてくるだけなのですが、これが意外に面
白いのです。何しろ世間はナチス一色。もしも見つかったら大変です。そんな
中、人の目を盗んで何とか葉書を置き続ける夫婦。まさにハラハラドキドキの
サスペンスフルな展開が続きます。

そして、もう一つスリルを高めるのが、ゲシュタポのエッシャリヒ警部による
捜査です。地図に旗を立てて葉書が置かれた場所を示し、犯人像をあぶりだし、
真相に迫ろうとします。

そんなふうにスリリングで面白い展開ではあるのですが、これだけではナチス
を描いた映画としては物足りません。やはり、しっかりとした人間ドラマがな
ければ、ナチス批判も地に足が着いたものになりません。

しかし、ご安心を。それを実現させるのが、オットー役のブレンダン・グリー
ソンとアンナ役のエマ・トンプソンの演技です。2人ともセリフはそんなに多く
ないのですが、目の演技、手の動かし方などで多くのことを表現します。亡き
息子への思い、ナチスへの怒り、夫婦愛などなど。抑制的でありながら味わい
に満ち、極めて雄弁な2人の演技が、この作品を奥深いものにしています。

しかし、まあ、恐ろしい話です。単に権力者の批判をしただけで、罪に問われ
てしまうわけですから。その理不尽さが、スクリーン全体を支配しています。

終盤でオットーとアンナを待っているのは過酷な運命。お気楽な救いなどはあ
りません。しかし、最後の最後に用意されたのは意外な展開。もしかしたら、
自分の心に従って、愚直に小さな抵抗を続けたオットーとアンナの思いは、エ
ッシャリヒ警部の心を打ち鳴らし、そして市民にも波及し始めたのかもしれま
せん。

≪ぽちの満足度≫

★★★☆☆(+1/2★)
(87点)
                             (田中ひろあき)

2017年7月20日(木)ヒューマントラストシネマ有楽町にて。午後6時35分の回


[「ひ」のページ]