セールスマン(FORUSHANDE)


(2016年 イラン・フランス)(上映時間2時間4分)
監督・脚本:アスガー・ファルハディ
出演:シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリドゥスティ、ババク・カリミ、ミ
ナ・サダティ
*Bunkamura ル・シネマほかにて公開。全国順次公開
ホームページ http://www.thesalesman.jp/
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<ストーリー>
教師をしながら小さな劇団に所属するエマッド(シャハブ・ホセイニ)と、同
じ劇団に所属する妻のラナ(タラネ・アリドゥスティ)。アーサー・ミラー原
作「セールスマンの死」の上演を間近に控える中、自宅アパートに倒壊の危険
が生じて夫妻は立ち退きを余儀なくされる。2人は劇団仲間に紹介してもらった
部屋に引っ越すが、そこには前に住んでいた女の荷物が残されていた。そんな
ある日、エマッドの不在中に、ラナは何者かに襲われて負傷する。事件が表ざ
たになることを嫌がり、警察へ通報しようとしないラナにいら立ったエマッド
は独自に犯人探しを始めるのだが……。

<レビュー>
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社会状況を織り込みつつ夫婦のすれ違いをスリリングに見せる
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『彼女が消えた浜辺』(2009)、『別離』(2011)、『ある過去の行方』(201
3)で世界的に注目される存在となったイランのアスガー・ファルハディ監督。
本作は、2016年の第69回カンヌ国際映画祭で男優賞と脚本賞を受賞。そして第8
9回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞しています。

ある夫婦を描いたドラマです。夫エマッドは、学校の先生をしながら小さな劇
団で芝居をしています。妻のラナも同じ劇団に所属しています。2人はもうすぐ
上演する芝居の稽古中です。そんな中、自宅アパートに倒壊の危険が生じて立
ち退きを余儀なくされ、劇団仲間に紹介してもらった部屋に引っ越します。し
かし、そこには前に住んでいた女の荷物が残されていました。そんなある日、
エマッドの不在中に、ラナは何者かに襲われて負傷してしまいます。

ジャンル的にはミステリー・サスペンスですが、謎解きの面白さよりも人間の
心理をスリリングに描き出すところが、ファルハディ監督らしいところ。

ラナは事件によって大きく傷つき、1人になることを極度に怖がります。一方、
エマッドは真犯人を突き止めるべく、警察に通報しようとします。しかし、ラ
ナは事件が表ざたになることを嫌がります。それ以降、2人の気持ちは少しずつ
すれ違い始めます。

物語の背景には、イランの社会状況があります。ラナが事件を表ざたにしたく
ないのは、女性が性的な被害を受けた場合に、女性の側が罰せられたり、白い
目で見られたりする保守的なイラン社会の状況があります。

ただし、それはイランに限らないでしょう。日本でもその種の事件があると、S
NS上などで女性を非難する言説がしばしば見られます。だからこそ、ラナの心
情は観客にとっても他人事ではないわけです。

中盤以降、いら立ちを募らせたエマッドは、犯人が残したトラックを手掛かり
に真犯人を探そうとします。その心の奥では復讐の炎がメラメラと燃えていま
す。彼は教師であり、劇団でアメリカの作家による芝居を演じることからもわ
かるように、本来は進歩的な人間です。それが復讐の思いにとりつかれていく
というのが、何とも皮肉な展開です。

エマッドとラナが演じるアーサー・ミラー原作の芝居「セールスマンの死」の
場面もあちこちに挿入されます。それは時代に取り残された初老のセールスマ
ンと家族の悲劇を描いた作品。それがエマッドとラナ夫妻に起きた悲劇と重な
って、なおさらスリリングでリアルな空気感を生み出しています。

終盤、ついに真犯人が判明します。しかし、彼もまた様々な事情を抱えていま
す(ここでも「家族」という問題が大きく関係してきます)。はたして、そん
な人物に対してエマッドは復讐の刃を振り下ろせるのか?

そこからの展開はやや迷走しますが、その分、エマッドとラナ、そして真犯人
の心の揺れ動きがじっくりと描かれて見応えがあります。単純な復讐劇とは違
う深みが感じられ、家族、夫婦、人間の罪、復讐、許しなど様々なことについ
て考えさせられます。

エンディングでは、虚ろな顔で芝居の出番を待つエマッドとラナの表情が、何
とも言えない苦い余韻を残します。社会や人間を冷徹に見つめるファルハディ
監督の鋭い視線は、今回もまったく揺らぎません。今回も圧倒的な引力を持つ
映画でした。

≪ぽちの満足度≫
★★★★☆
(91点)
                            (田中ひろあき)

〔鑑賞データ〕
2017年6月12日(月)新宿シネマカリテにて。午前9時45分の回


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